SIGH × SIDEMILITIA inc.

1990年に結成し、1993年に海外でファーストアルバムをリリース(しかもDeathlike Silence Productions:MAYHEMのユーロニモスが設立したレーベルで、9枚のみのリリースで消滅した。理由は有名はユーロモス刺殺事件の為)し、 2012年の今年に最新アルバム「IN SOMNIPHOBIA」をリリースしたばかりの世界的に地名度/クオリティーがトップランクのブラックメタルバンド<SIGH:サイ>の川嶋氏に、コラボレーション企画記念としてインタビュー。 可成りの傑作&大作です!!


SIGH×SIDEMILITIA inc. Limited collaboration



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コラボレーション企画記念!【 SIGH 】川嶋氏によるインタビュー&アルバムレビュー公開!!

HIROMI
先ず、どんなロックでもリスナー全般が求める最初のカタルシスは「激しさ/衝動」だと思います。

それはどんなジャンルでも同じだと思うんです。

で,その中でもハードコアやパンク、メタルなど様々なタイプが有りますが、根本として 何故に「BLACK METALのカタルシス」を選んだのか教えて貰えますか?

SIGHが始動した時代で80年代後期~90年代前期を考えたら、グラインドコア/デスメタルブラックメタルが同等のカルティック且つリアルな凶暴性や異質な文化だったので、選ぶ事も可能だったと思いますが。

僕は聴く側であり/DJなので、当時も3つに惹かれましたし、リアルな激しさを他者に提供する/共有する 時に幅広く選んで、DJだったら選曲を出来ますが…



KAWASHIMA
そこは理由は明確で、1980年代中期に「最も多感な十代」を過ごしたからです。

丁度「スラッシュメタル」という音楽が出てきて盛り上がって、 毎日学校では、105円の半ライスコロッケだけを食べて、食費をセーブし、

貯まったお金を持って金曜日に、新宿のレコード屋にスラッシュのLPを買いに行くのが本当に楽しかった。

例え、買ったLPが今一つ気に入らなかったとしても、次の金曜日までは我慢して聴き続けるしかない。

そうすると最初は今一だと思っても、聴いているうちにトンデモなくハマっていく…好きなり、夢中になる。

そんな経験を良くしました。


※僕の注釈…このくだりの件は全く僕も同じ経験をしています(笑)その時は雑誌すらカルトな激しいバンドの情報が入りづらく、ジャケと曲名の残酷性と収録曲が多い…つまり速い曲だから沢山収録出来るって推測して選んでいたんです。お金が無いからとにかく聴き続けるしかなかったなぁ…<Possessed>とか色々と有ったなぁ(笑顔)


だから今の「ネットで視聴して買うかどうか判断する」というのも良し悪しだなあと凄く思います。

そして80年代も後半になってくると「デスメタル」や「グラインドコア」が出てきて、もちろん<Napalm Death>や<Morbid Angel>、<Terrorizer>なんかには心底びっくりしました。

でも、90年代に入って、自分でバンドをやろうという段階になった時に、リアルタイム(当時)のシーンに何だか付いていけないというか、しっくり来ない部分が増えてきたんです。

「ギター何音下げ?」が挨拶みたいになってたり、イーヴルな、あるいはサタニックなイメージは完全に時代遅れと見なされてて、何か自分が好きだったスラッシュメタルの世界ってどうしちゃったんだろう…

っていう漠然とした感触があったんです。


※僕の注釈…この辺は1990年にリリースした<Pantera>の衝撃的なアルバム「COWBOYS FROM HELL」がシーンの大きな転換となった時の辺りを指していると思います。それ程に当時はあのアルバムによって音楽性やサウンド自体 含めシーン全てが激変したのです。


まぁ、そのおかげで当時はスラッシュのLPが100円とかで、いくらでも買いまくれましたけど。

そして決定的だったのは<Slayer>の初来日公演です。(1990年12月/5作目のSEASONS IN THE ABYSSのリリースツアー)

あれを見て『自分でやるなら、時代遅れだろうが何だろうが “スラッシュメタル”だろ』と思って、それで作ったのが「Requeim for Fools」(1992年リリース)というEPだったのです。

それを世界中のレコードレーベルに送ったところ、興味を示してきたのが<Mayhem>の「Euronymous(故人)1963~1993」だったのです。


※僕の注釈…ノルウェーの…いや世界のBLACKMETALシーンを確立した方と言ってもオカシクない伝説的なミュージシャン。あの世界を震撼させた集団「インナーサークル」の中心人物です。


今では信じがたいことかもしれませんが、当時は世界的にフロリダやスウェーデンのデスメタル、もしくはグラインドコア全盛で、80年代スラッシュ、もしくはその様な音楽に影響を受けたバンドなんて論外で、「Euronymous」以外に僕らに興味も持つレーベルなんてありませんでしたが、

何よりも驚いたのは、日本から遥か離れたノルウェーの地で、僕らとまったく同じように、当時のデスメタルのトレンドに疑問を感じ、80年代スラッシュメタルのリバイバルを試みている人たちが存在する事でした……

当時はインターネットもなかったですからね。

それで<Burzum>、<Emperor>、<Enslaved>、<Satyricon>など、当時はまだ「ブラックメタル」という呼称すら認知されていない状態ながら、同じ音楽的思想を持った人たちとカセットテープを交換するようになったのです。

僕らのバックグラウンドが完全に80年代のスラッシュメタルであり、ブラックメタルというムーヴメントが「80年代のスラッシュメタルの復興という側面」を持っていた以上、僕らにとってはブラックメタルという選択肢しか当然ありませんでした。


HIROMI
成る程!!たしかにそうでしたね。

その時代は日本盤がちょっとだけリリースしたりも有ったのですが、帯にはブラックメタルって言葉は無かったのですよね。

国内で雑誌やお店でも、その辺の音楽をスラッシュメタルやデスメタルに近いってニュアンスの表記や紹介でした。

僕は<DESSECTION>の帯が特に印象的だったんですよ。

次の質問ですが現在、「地方アイドル」って多く存在しますが、共通して『地元の応援が一番厳しい/少ない』と聞きます。

つまり言葉を変えたら「近いからこその偏見が有る」って事ですよね。

これは僕も活動していて凄い共感出来る部分です。

今作も海外からのリリースをしている<SIGH>ですが、 更に大きな規模で考えると、一番距離が近い日本よりも海外で大きく支持を受けているってイメージが浮かび上がります。

この事に対してのジレンマや苛立ちは感じませんか?

僕の規模ですらそれは非常に気持ちを苦しめる要因でも有るのですが…。



KAWASHIMA
私は「地元=日本の応援が一番少ない」という風にはまったく思っていません。

むしろ日本でも正当に支持、応援してもらっていると思っています。

海外で僕らと同じ人気クラスのバンドというと、どのあたりでしょう……例えばレーベルメイトのアメリカのデス・ブラックバンド<Absu>などは世界的に見た場合だと、おそらく僕らとそう変わらない位置にいると思うのですが、

彼らが日本に来て単独でライブをやり、1,000人単位のライブができるでしょうか?

へヴィメタル雑誌にカラーでインタビューされたり、表紙になったりするでしょうか?

そんなことはありえないでしょう。Sighは海外では人気があって、日本では極端に人気がないというのは幻想ですよ。

僕ら程度の海外での知名度のバンドは、日本出身であろうがなかろうが、日本ではこのくらいの知名度ですよ。

僕らクラスのブラックメタルが日本で異常に人気があったら、それこそ「ただのハイプ」であり「ビッグインジャパン」と同じです。

ニューアルバムは「輸入盤チャートの3位」にもなっていましたし、やっている音楽のタイプや海外におけるクラスを考えたら日本国内でも十分な支持をして貰っていると私達は思っています。


HIROMI
そうだったんですね。全くの誤解でしたね。

ただ、やはり凄いと驚くと同時に国内バンドが「輸入盤チャートの3位」っていう、矛盾がファンとしては引っ掛かる所なんですよね。

何故に国内のレーベルがそれに対して反応しないのか?そしてメジャー誌でも、もっとフューチャーしないのか?って部分です。

提案する側の「仕掛けるプライド」がもっと国内には必要なのかなと思いました。それを感じているからこそ僕もご連絡させてもらったんですけどね(笑)

では、これだけ長く活動を続けているからこその近年の音楽性の幅広さですが、上記の質問同様に『初期の様な音楽性 に戻って欲しい!』と願う、ディープなファンも多い筈です(笑)これはどんな音楽家でも言われ続ける事だと思います。

その辺はこの先にまた初期衝動的な作曲制作時の盛り上がり方が必ず有る筈なので、『今はこれが俺達のサウンドだ』といった解答しか出来ない筈ですが、その辺はどう思い、どう気持ちの対処をしているのですか?



KAWASHIMA
その気持ちは勿論わかります。僕自身もファーストが最高だと思うバンドが沢山いますからね。

ライブ見に行っても、ファースト以外の曲やらないでくれって祈ったり。

僕らの場合、「2度と昔のような音楽はやらない」というような強いこだわりを持っている訳ではありません。

ただ常に心がけているのは、過去の作品よりも良いものを作ること。

だからもし、前のアルバムと同じ方向性 であっても、より良いものが作れる自信があれば初期の音楽性に戻ることに何の躊躇もありません。

実際、今回の「In Somniphobia」(2012年リリースの最新作)も、中期のアルバム「Hail Horror Hail」~「Gallows Gallery」辺りへの回帰と捉える向きもありますし、それも正しいと思います。

もちろんただの回帰ではなく、今の<Sigh>でしか「なし得ない部分」も十分にあってのことですが。

バンドを初めて20年以上、色々と音楽や機材についても勉強しましたし、テクノロジーの進化も凄まじい ものがありますから、バンドとしても物凄く成長したという自負はあります。

なので過去のアルバムを今、再録しろと言われたら、当然「オリジナルを超えるものを作る」自信はあります。

ただしファーストの「Scorn Defeat」(1993年リリース)だけは例外で、あればかりは初期衝動としか言いようのない、高い音楽性、高い技術、最新のテクノロジーを持ってしても再現不可能……

というよりも録り直せば、おそらくあのアルバムの持つ雰囲気がむしろ壊れてしまうであろう何かを持っている作品だと思います。

<Sigh>の場合、『音楽性がアルバムごとに違う』とよく言われますし、それに反論するつもりはないのですが、 「根本に有る部分」ってどのアルバムも共通だと思うんですよ。

だからファーストも好きなら最新作も好きと 言ってくれるファンもいるのでしょうし。

なので、あまり「これが今の俺たちだ!」というのもなくて、『表現したい世界とか、持っている世界観って、どのアルバムもそんなに違わないんだけどな』というのが正直な気持ちです。


HIROMI
分かりました。まぁファンて僕も含めて我が侭だからファンって言えるのでしょうしね。

では2012年の今、どんな組み合わせでも良いので、「一緒にツアーを廻ってみたいと思うアーティスト」はいますか?

同じ様な音楽性のアーティストではないけど、必ず本当の意味で音楽が好きな方だったら伝わる様な非現実的な組み合わせ でも良いですので。

またどの辺がリンクするか理由も教えて頂けると嬉しいです。



KAWASHIMA
これは難しい質問ですが、単純に若いころから憧れていたという意味で言えば、80年代の<Venom>、<Celtic Frost>と ツアーをしてみたかったです。

どんなバンド、というよりも80年代のヨーロッパやアメリカにおけるスラッシュメタルをリアルに体験できなかったのが非常に残念なので、できればあの時代に一緒にツアーをして、あの時代の空気を感じたかったです。

もっと音楽的な部分で言えば、<John zorn>や<Mike patton>あたりと一緒にツアーをして、僕らの作品の感想を聞いてはみたいですね。

あとは<Frank zappa(故人)1940~1993>とか。


※僕の注釈…John zornはサックス奏者でNY前衛音楽の代表的アーティスト。とにかくブッ飛んだ奇才です。Mike pattonはFaith no moreのヴォーカルとして有名。彼が90年代以降のヴォーカルスタイルを一番変えた人物だと僕はリスペクトする神様で奇才です。Frank zappaも音楽の壁が存在しない偉大なるギターリストですが超奇才です。


もはや<John zorn>はこういう作品に興味はないでしょうし、<Frank zappa>に会うことももう不可能ではありますが。

HIROMI
見事なまでに全て3人とも、単独の活動スタイルの音楽界の超奇才達ばかりでしたね(笑顔)

では、先程ツアーで上げた方達も基本的にそうですが、BLACKMETALバンド特有の事柄が有ります。

それはバンド名義でも実際は一人又は2人だけのプロジェクト的活動が多い事です。

これは音楽性から結びつく精神的な部分(思い入れや追い込み)が大きいからだと思うのですが、実際はどう思いますか?そう考えると、やはりディープで宗教性に近いレベルの重さを感じるのですが。



KAWASHIMA
どうでしょうか……事はもっと単純で、そもそもブラックメタルの始祖である<Bathory>が殆どソロの プロジェクトであったというのが大きいと思います。

そして、それを<Burzum>が引き継いでますよね。

通常は一人でギター、ベースも弾けて、ドラムも叩けて歌も歌えて、なんていう芸当はそうそうと出来る事ではありませんが、ブラックメタル、特にプリミティブ(初期衝動)なものは技術的なハードルが低いでしょうし。

そして、先程も例に上げた始祖である<Bathory>からしてそうですが、「ライブというものを重視していない」というのも大きいでしょう。

そこは精神性に係わってくるのでしょうが、ブラックメタルというのは「大勢で集まって酒飲んで酔っ払って聞くものではない」「一人で孤独に部屋で聞くものだ」という部分であるかと。

そもそも「バンド形態って不経済の極致」ですからね。

一人で家で打ち込みでアルバムが作れるテクノが経済性の極致だとしたら、5人も6人も集まって、スタジオ入ってレコーディング代払って人力でアルバム作るなんて、不経済極まりない。

ライブするにも移動費も宿泊費も全部人数分かかる。そして今度は収入は全部人数割になる。

考え方によってはバンド形態という方が余程に特殊な事をしているのではないかと。

まあそれでも自分は一人で孤独に音楽作るより、不経済でも非効率でもバンド形態が楽しかったですけど。


HIROMI
「不経済極まり無い」…最もな解答で笑っちゃいました。

では、次の質問はインスピレーションで良いのでお答え下さい。

川嶋さんが『この曲が俺の曲だったら最高だ!』と思う1曲を上げて下さい。又、其処まで思える理由も教えて下さい。



KAWASHIMA
メタルで言うなら<Iron Maiden>「Hallowed Be Thy Name」(1982年リリースのTHE NUMBER OF THE BEASTに収録)ですかね。

へヴィメタルという音楽が、リフというものを中心に成り立つことを鉄則とした音楽だとした場合、あの曲は完璧ですよ。

完璧なリフ、完璧な構成。イントロから最後の盛り上がりまで、文句のつけようがない。

この曲は決して複雑なリフでもなんでもない。複雑なリフを書くなんて何も難しくないですからね。

単純だけど印象的、そしていつまでも飽きが来ない。

あの曲が僕の中では理想です。


HIROMI
では、日本を代表する漫画で「鋼の錬金術士」が有ります。

その中で『この世の全ては等価交換で!手に入る』というような言葉が有ります。

では、質問です。先程の曲を貰ったアーティストに「等価交換」を条件とした<SIGH>の曲を1曲プレゼントして下さい。

どのアルバムに入っている、どの曲になりますか?

もし提示したらそのアーティストの感想はどうだと思いますか?又、演奏したら凄い相性が良いと思いますか?(笑顔)



KAWASHIMA
ありませんね。<Iron Maiden>に渡す曲なんて1曲もありませんよ、謙遜でも何でもなくて。

個人的に今一番<Sigh>で自信のある曲は?と問われれば、ニューアルバムに収録している「Amnesia」を挙げます。

きちんとしたジャズアレンジに基づいたジャジー、かつへヴィな曲で、おそらくあんなタイプの楽曲は過去に存在していなくて、かといって奇をてらっているだけの変な曲でもない。

あるいは、きちんと厳格なフーガの技法に基づいて書いた「Equale」も気に入っていますが、そのどちらも<Iron Maiden>に提示したところであまりに色が違いすぎるというか。

メンバーの<Stive harris>や<Bruce dickinson>に直接会う機会が有ったとしても、こちらから『自分もバンドやってるんです』と言うこともないと思いますよ…存在が遠すぎて。

でも、過去に<Bruce dickinson>がラジオで僕らの曲をオンエアしてくれた事はあったようですが。


※僕の注釈…これは英国の国営ラジオBBCで2002~2010年まで続いた番組の事だと思います。凄いですよね!!


HIROMI
そうですか…僕だったら言う…う~ん確かに…いや言うでしょうね。小さな声でですけど(笑)

次はこんな質問です。川嶋さんが体感や経験したカルチャー(音楽以外)で、自分達の音楽を体感した時と同じ様な感情に近づける/心の同じ場所に訴えかける様な事柄を教えて下さい。

絵でも映画でも小説でも場所でも何でも構いません。

もしかしたら面白いリンクが見つかるかも知れないので、僕は非常にこの質問の答えに興味が有ります。



KAWASHIMA
まず小説だと、<筒井康隆>ですね。

それもエログロ・ナンセンスな作品では無くて、「エロチック街道」「遠い座敷」のような、夢と現実の中間のようなやつ。

別に怖い話ではないのに何となく怖いというか。

ただこの辺の話は強烈に昭和へのノスタルジアを感じさせるものなので、今の十代、二十代の人が読んで共感できるかどうか自信がありませんが。


※僕の注釈…筒井康隆は日本の作家界では「SF御三家」と言われる程のSF系が強い作家で、一般的に有名な作品だと「時をかける少女」だと思います。テレビにもよく出演する方なので顔を見ると分かる方も多いと思います。「エロチック街道」「遠い座敷」共に1981年に発表した短編だと思います。


小松左京(故人)1931~2011>の怖い作品も良いですね。

「夜が明けたら」や「影が重なるとき」とか。

あとは<高橋克彦>-の「私の骨」や「記憶シリーズ」ですね。

記憶シリーズというと、アメリカの<Thomas H. cook>も好きでした。

やたら展開が遅いので読むのが苦痛な人も多いかもしれませんが。


※僕の注釈…小松左京は先程の筒井さん同様に「SF御三家」の1人(最後の一人は星新一さん)で、代表作は「日本沈没」ですね。「夜が明けたら」は1974年発表「影が重なるとき:1964年発表だと思います。高橋克彦の代表作は「写楽殺人事件」が断トツだと思います。「記憶シリーズ」は1991年~から2003年の間に発表しています。「私の骨」は1996年~1997年辺りの短編だと思います。田口トモロヲ主演で2001年に映画化されています。Thomas H. cookはアメリカ/アラバマ州出身のミステリー作家で、1997年に発表した「緋色の記憶」がエドガー賞を受賞した代表作です。


もっとメジャーなところでは、<鈴木光司>の「仄暗い水の底から」。

あれは映画が下らなかったせいで敬遠している人もいるかもしれませんが、原作は水に纏わる短編集で、不気味な雰囲気が見事です。

基本的に幻想小説が好きなのですが、小説については知らないことも多いので、逆にこれはという作品があれば、内外問わずぜひ教えていただきたいです。


※僕の注釈…鈴木光司の代表作は云わずも知れた1991年の「リング」1995年の「らせん」です。川嶋さんがお進めしている「仄暗い水の底から」は1996年発表の短編作で、2002年に上記の2作品同様に中田秀夫監督の手によって映画化されています。


個人的な原初体験ということになると、<つのだじろう>の漫画も外せません。

「恐怖新聞」や「亡霊学級」などは、子供のころのバイブルでした。

「メギドの火」や「うしろの百太郎」もですが、<つのだじろう>作品は、心霊モノだけでなく、人生の悲哀も描いた名作も少なくありません。

漫画で衝撃を受けたのは、他には<楳図かずお>の「漂流教室」とか。

殆どの漫画が途中までは面白くても、『ラストがなぁ…』というパターンに陥る中、「漂流教室」は最初から最後まで完璧です。

あと<萩尾望都>の「ポーの一族」もかなりの衝撃でした。

これは系譜的には漫画というより幻想小説寄りかもしれませんが。

映画は一番衝撃を受けたのは「Jacob's ladder」ですかね。

1990年の作品で、「ナインハーフ」や「危険な情事」 が代表的な<Adrian lyne>監督作で、世間的にはあまり話題にならなかった…というか、

『危険な情事の監督作品!』という「あおり方」だったので、何もわからない女性が映画館に見に行ってしまい、あまりの怖さに泣きながら帰ってくるというような有様だったような記憶があります。

まあこれ、ぜひ皆さん観て下さいってお薦めするような作品なのかは自信が無いのですが、個人的に大好きなんですよ、「この パターンのオチ」が。

そして本当かどうか知りませんが、本物の死体も多く使われたと噂された位に、過剰に不気味な演出にも大きな衝撃を受けました。

当然イタリアのゾンビ物とか、スペインの「ブラインドデッドシリーズ」なども好きなのですが、どれか一本お勧めの映画と言われると、「Jacob's ladder」を挙げたいです。


※僕の注釈…「BLIND DEADシリーズ」は1971~1974年に公開されたホラー映画で4作品有ります。グロいとかでは無く凄い今見返すと凄いアート性が高い映像で格好良いです。BOXセットがお薦め!!


絵に関しても、やはり不気味なものが好きなので、「シュルレアリスム」辺りの時期のものを好みます。

一番好きな画家はベルギーの<Paul Delvaux>ですね。

これは「筒井作品」が好きなのに繋がるというか、はっきりした理由はわからないけど、見ていると不安感を掻き立てられる、

明らかに現実の描写ではないが、完全な空想でもないという、美しいけどそこはかとなく恐ろしい、私の一番好きなパターンです。


※僕の注釈…芸術の形態を表す言葉で、主張の一つ。日本語では超現実主義と訳されている。1924年から使われた説が有り、画家で一番有名なのは僕も大好きな<Salvador dali>や後期の<Pablo picasso>など。


まぁ、後は月並みですが<Arnold Böcklin>の「ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像」「死の島」とか。

日本のものでは圧倒的に<歌川広重>の「平清盛怪異を見る図」ですね。

これは私達のアルバム「Infidel Art」のジャケに使ったものですが、あれを展覧会で初めて見た時は衝撃でした。

一見美しい雪景色なのに、よく見るとそれがすべて髑髏であるというギャップ。

まさに<Sigh>でやろうとしていることそのままだと思いました。


※僕の注釈…Arnold Böcklin(1827~1901)は19世紀のスイス出身の象徴主義を代表する画家で、歌川広重(1979~1858)は、多分日本で最も有名であのゴッホにすら影響を与えた浮世絵士。「東海道シリーズ」は誰もが見た事がある筈です。


HIROMI
長くなりましたが、今回のこの「SIDEMILITIA inc.とのコラボレーション」やインタビューの感想を頂けますか?

そしてこのコラボで初めて知り、音楽に触れた方達にもメッセージをお願いします。



KAWASHIMA
お世辞ではなく、とても楽しいインタビューでした。

大抵インタビューというと、音楽についてが中心になり、あまり「小説や絵の話」をする機会はなかったですし、海外の媒体のインタビューが多いので、そこで『小松左京が…』などという話をするのも難しいですからね。

僕らがやっている音楽はエクストリームメタル=極端なメタルなので、特にそういうジャンルに詳しくない 方や興味の無い方が聴いてみて、

「うわー、これいいねー」というようなものでないとは思いますが(もし皆に受け入れられる、もしくは受け入れられたいと思っているならば、そんなものはエクストリームでも何でもない訳ですしね)

今回お話させて頂いたような世界観に興味、共感を持たれる方がいらしたら、ぜひ一度、僕らの最新作「In Somniphobia」を聴いてみてください。

Tシャツのコラボレーションも、まったく初めての試みなのでとても楽しみです。

もし僕らのやっていることに興味をもたれたら、ぜひtwitterでもFacebookでも、積極的にコンタクトしてください。


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ScornDefeat
どのバンドにとっても同じだと思うが、やはりデビューアルバムというのは他のアルバムに比べてその思い入れは強い。正直なところ、恥ずかしながら90年にSighを始めた時点で、「完全プロ志向」であるとか、「何が何でもアルバムデビューしてやる」というような強固な意志が、我々の中にあったわけではない。むしろ我々のやっていた音楽というのは、当時アンダーグラウンド中のアンダーグラウンド。いわゆるテープトレーディングという世界的なネットワークで、ダビングされたカセットテープを流通させるのが関の山。今では日本のメタルバンドが海外でCDを出すことなど珍しくもない。海外ツアーをこなすバンドもいくらでもいる。しかし90年当時、フルアルバムを海外でリリースしていた日本のエクストリームメタルバンドは皆無。なので「まあ万が一7"EPでもリリースできたらラッキーだな」程度の低い志しか自分たちの中にはなかったのである。 その7"EPリリースが実現したのが92年。今は無き、アメリカのWild Rags Recordsというアンダーグラウンドレーベルからのリリース。たかがEP、しかもドマイナーなレーベル。それでもうれしかった。ヘヴィメタルという世界にはまり込み、その片隅の片隅とは言え自分たちの作った曲がレコードという形で発表される。それもアメリカという地において。しかし人間、何か一つ叶えば次の欲が出てくるもので、EPが出せたならば次はLPということになる。そして世界中のありとあらゆるレコードレーベルに、そのEPを送りつけた。だが世の中そんなに甘くは無い。90年代初頭というと、世の中はグラインドコア、そしてフロリダデスメタルの全盛期。「君たちギター何音下げ?」が挨拶のような時代だ。それに対しSighのEPは完全に80年代スラッシュの遺物。何しろSlayerの初来日公演の興奮の最中作ったシロモノだ。今では信じがたいこともしれないが、あの時ほどスラッシュメタルが蔑まれ、無視されて いた時代はない。その音楽性からイーヴルなイメージまで、すべてが時代遅れ、最早終わった過去の音楽の象徴。(おかげで100円単位で大量にスラッシュの中古LPを買うことができたのだが。)そんな過去に生きているバンドに興味を示すレーベルなどあるはずもない、と最早諦めかけていた頃、一通の手紙がノルウェーから届いた。 差出人はEuronymous。中身を読んでみてびっくり。「やあ、Deathlike Silence Productionsにデモを送ってくれてどうもありがとう。本来はDeadが返事を書くべきなのだが、彼は自殺してしまってね。頭を猟銃で打ち抜いて死んでしまったんだよ。もちろん死体の写真は撮っておいたよ。ところでデモ、とても気に入ったので、もし良かった らDeathlike Silence ProductionsからLPを出さないか?」滅茶苦茶な内容である。確かにDeathlike Silence Productionsにデモは送った。もちろんそのレーベルオーナー、Mayhemの人たちの存在も知っていた。しかしそれにしてもあまりに常軌を逸したこの手紙の内容。ついでにDeathlike Silence Productions、当時存在はしていたものの、何だか色々とリリース予定を発表ばかりはするが、実際には殆ど何も発売されないという、実に怪しい存在であった。今でこそMayhemと言えばビッグネームだ。しかし当時はブラックメタルというジャンルの存在すら知られていなかった。しかし我々は即答した。ろくろく契約条件も詰めず、YESと返答したのだ。何しろ他にどこからも誘いがなかったのだから。 その後のEuronymousとのやりとりは、常に有意義で楽しいものだった。色々なアドバイスももらった。例えばSighはもっと写真に気を配るべきだ、と。確かに当時のSighは、単にメタルTシャツを着ているだけのただのスナップ写真のようなものを使っていた。それではダメだ、バンドというのは音楽、写真、アートワーク、すべてに気を使わなくてはいけない。その言葉は今でも肝に銘じている。  そして何よりも驚いたのが、世界中がグラインドコア・フロリダデスメタルフィーバーに沸きあがる中、ノルウェーではアンチグラインドコア、アンチトレンディデスメタル、80年代スラッシュ復興の機運が高まっていたことである。個人的に90年代に入り、最近のデスメタルにはついていけない、何かが違うと感じ始めていた自分にとって、まったく同じことを考えていた人たちが地球の反対側(っていうほどでもないけど)にいたことに本当にびっくりした。それがノルウェーにおけるブラックメタルムーブメントの誕生である。Euronymousを通じて色々なバンドを紹介してもらった。初めてBurzumを聞いたときも興奮したものだ。明らかに まったく新しいムーブメントが動き始めているのが感じられた。「Darkthroneのセカンドアルバムは完全にブラックメタルだ」と教えられたときも興奮した。あの、テクニカルを売りにしていたデスメタルバンドが、いきなり白塗りブラックメタルに転向!だが、何よりも衝撃的だったのは「来週のKerrang!の表紙はBurzumだ」とEuronymousに告げられたときだ。まだまだブラックメタルの存在すら殆ど認知されておらず、Kerrang!のようなメジャー誌にはブラックメタルについての記事すら載ったことがない。それがいきなり表紙扱い?英語の聞き間違いかと、電話越しに何度も再確認してしまったのを覚えている。ああ、自分たちは何か 大きなムーブメントの一部に属しているんだ、という興奮が確かにあった。しかも明らかに常軌を逸したムーブメントの。 何しろBurzumがKerrang!の表紙を飾ったのは、実際にはその音楽性の高さを買われたことによるものではない。彼がノルウェーの由緒ある教会を焼き討ちにしたのではないかと疑われていたから、ただそれだけである。そしてそれが事実であることを我々は知っていた。何しろBurzum本人がさんざん自慢をし、私のところにも「日本の教会も焼け!」と手紙を送って来ていたくらいなのだから。Euronymousと電話をするときも、「絶対に犯罪に関する話はするな」と釘を刺された。インターポールが盗聴しているかもしれないから。インターポールなんて、我々日本人にとってはルパン三世の中でしか聞かない言葉である。そして当時はまだネット社会もなかったので、一体ノルウェーで行われていることがどこまで本当で、どこまでが誇張なのか、非常に判断に困る部分があった。殺人、傷害、放火、様々な噂が聞こえてきたが、今振り返ってみると、それらはすべて事実であったのだ。 さて、Sighが"Scorn Defeat"のレコーディングを始めたのが93年の頭頃だったと思う。この作品については他のSighのアルバムと異なり、殆ど初期衝動だけで作られていると言って良い。作曲やアレンジメントの知識も乏しく、ましてや大掛かりなレコーディングというのも初体験。わずかな予算で、ミックスまで含めて3-4日で仕上げたような記憶がある。もちろんProToolsなどなく、すべてがアナログでの作業。ドラムのパンチインなど殆ど不可能だった のではないか。そんな作業の最中、卓の前で録った素材をチェックしているときに、ギターの石川の様子がおかしくなった。ときどきふと目を閉じて、そのまま座り込んでしまう。しかしまた何事もないかのように立ち上がる。それを何度か繰り返している。明らかに意識の喪失と回復を繰り返しているのだ。「大丈夫か?」と声をかけたのだが、本人は何を問われているのかすらわからない様子。どうやら気を失っていることにすら気づいていないような のだ。何かあっては大変なので、大丈夫だと言い張る石川を床に寝かせ、救急車を呼んだ。結局救急隊が到着したときにはさしたる異変も見つからず、典型的な「大したことでもないのにすぐに119番をして、救急車の出動回数を増やす迷惑な市民」の代表みたいな感じになってしまったのだが、一体あれは何だったのだろう。何かに憑りつかれていたのだろうか。実際に"Scorn Defeat"には他のSighのアルバムにはない、独特の雰囲気が漂っている。セカンドプレスに使用された、石川の手が燃えているジャケットの写真、あれは血洗いの池と呼ばれる、かつての刑場で撮影されている。あれから20年、メンバーの演奏技術や作曲技術、レコーディングテクノロジーは飛躍的に向上したが、たとえそれらを持ってしてこのアルバムを再レコーディングしても、もう二度とあの魔術的な雰囲気を再現、もしくは超越することはできないだろう。 レコーディングが終わり、ミックスも完了。そうなると1日でも早くアルバムをリリースしてもらいたいと思うのが若いバンドの常。しかしEuronymousは「早まるな、まず1ヶ月、毎日アルバムをじっくり聞いてみろ」と言ってきた。元々せっかちな性分の自分には酷な要求であったが、レーベルのオーナーがそういうのでは従うより仕方が無い。最初は渋々と出来上がったアルバムを聞いていたのだが、やがてEuronymousの言う意味がわかってきた。聞けば聞くほどやり直すべき点が浮かび上がってきたのである。(まあ、そんなの経験を積んだ バンドにとっては常識ですけど。)ということで、いくつかのギターパートを足すなどの変更を施し、やっとアルバムは最終完成。あとはリリースを待つだけとなった。 しかし事はそう簡単に運ばなかった。忘れもしない1993年8月20日。当時EmperorのメンバーであったSamothから手紙が届いた。「Sighのアルバム聞かせてもらった。とても良いアルバムだと思うよ。でもリリース先を探し直さないといけない。Euronymousが殺されたんだ。」凄まじい衝撃。Euronymousとはその約2週間前、8月7日に電話で会話していた。そしてそのわずか3日後、彼は帰らぬ人となっていたのだ。 その後"Scorn Defeat"はEuronymousの遺志を引き継いだVoices of Wonder Recordsからリリースをされた。初めて自分たちのCDを手にしたときの喜びは忘れられない。小包が届いた瞬間のこともはっきり覚えている。東京中のCD屋さんを巡り、自分たちのCDがどんな扱いになっているか確認をしてまわった。時にはワープロで自作した「推薦シール」を勝手に貼って回るというイタズラもした。当時"Scorn Defeat"のCDを買って、訳のわからないシールがついていたら、それは私たちの仕業だ。 ありがたいことに20年経った現在でも、このアルバムは世界中で再発が繰り返されている。今回のブラジル盤再発においては95年にカセットのみでリリースされた"Sigh's Tribute to Venom - To Hell and Back"がカップリングされている。Sighはデビューライブから常にVenomのカバーをレパートリーとしており、それは今も続いている。これはもちろん我々がVenomの大ファンであり、Venomへの敬意を表しての行為であるのだが、実はもう一つ、当時のライブハウスにおける「カバーをやるのはアマチュア臭い」という風潮への反発もあった。Sighの楽曲を聴きに来てくれたお客さんには申し訳なかったと思うが、全曲Venomで終わらせるようなこともやっていた。"Sigh's Tribute to Venom - To Hell and Back"はそんな時代のライブ記録であり、CD化されたのは今回が初めてである。 いずれにせよEuronymousにはいくら感謝してもしきれない。当時唯一Sighの音楽を認めてくれた人物。彼がいなければSighはアルバムをリリースすることもなく、失意のうちに解散していたことだろう。


Imaginary Sonicscape
この作品は2001年に、欧米ではCentury Media Records、日本国内ではVictor/JVC社からリリース された、Sighの5枚目のアルバムである。リリースは2001年の夏だが、実際の制作、レコーディング は2000年から2001年の頭にかけて行われている。  何だかついこの間の出来事のようにも思えるのだが、あれからすでに十年以上の月日が流れ、一体何 を考えながらこのアルバムを作ったのか、細部を思い出せないところも少なくない。まったくもって非 協力的なCacophonous Recordsという悪徳レーベルからついに離れることができ、メタル界では大手の Century Mediaと契約、日本盤もメジャーであるVictor/JVCからリリースされるとあって、バンド内の 士気が高まっていたのは間違いない。しかし大人になった今聞き返してみると、よくもまあこんなアル バム、大手のCentury Mediaにリリースさせたなあという気にもなる。今でこそSighの代表アルバムと されることの多い"Imaginary Sonicscape"であるが、発売当初は完全に賛否両論。特にブラックメタル 原理主義者からの反発は大きかった。  アルバムの構想において、いくつかの柱があった。その最大のものが「ブラックメタルからの脱却」、 もっと言うと「ブラックメタルバンドというイメージを完全に消し去ること」があった。95年のセカンド アルバム"Infidel Art"あたりから、作品をリリースするたびに「最早ブラックメタルではない!」と評 されることがしばしばあった。ところが作品を出しても出しても言われることは毎回同じ。「最早ブラック メタルではない。」どういうことなのか?前回すでに最早ブラックメタルではなかったのではないのか? 一度染みついたバンドのイメージを覆すのが難しいことは重々承知していた。80年代、メタリカが「俺た ちはスラッシュメタルバンドではない!」と何度宣言したところで、私にとっては彼らは紛れもなく スラッシュメタルバンドだった。ただ、Sighとしては自ら「自分たちはブラックメタルバンドではない」 と宣言するつもりはなかった。同じく80年代のスラッシュメタルをルーツとするブラックメタルには当然 シンパシーを感じていたし、何より自分たちを見出してくれた故Euronymousに対する恩義は一瞬たりとも 忘れたことがない。しかし、あの時はどうしてもブラックメタルを取り巻く環境に我慢がならなかった。 元々は画一的な90年代のデスメタル/グラインドコアへのアンチテーゼとして誕生したはずのブラック メタル。しかし20世紀が終わりを迎える頃にはブラックメタルこそが型にはまりきった、何の意外性 もない平凡な音楽に成り下がっていた。少なくともそのように私の目には映った。同じギタートーンに同じリフ パターン、ヴォーカルの声まで同じ、おまけに写真まで同じ。少なくともスラッシュメタルはそんなこと はなかった。確かにオリジナリティのないバンドはいくらでもいた。しかしCeltic Frost、Voivod、 Destruction、Venom、Kreator、Sodom、どのバンドをとってもヴォーカルを聞いた瞬間にそれが誰である かわかったではないか。とにかくそのような硬直した、画一的なシーンの一部では最早ありたくなかった。そ れを言葉ではなく、音楽、そしてアートワークや写真といったイメージで宣言したかったのだ。  音楽的な面で言うと、当時個人的にいわゆるヴィンテージキーボードというものに非常に興味を惹かれて いた。Minimoog、Fender Rhodesのエレクトリックピアノ、Hohnerのクラヴィネット、そしてハモンド オルガン等々。元々私自身はキーボーディスト、というよりはクラシックのピアノを幼少の頃より学んで いたため、今でも作曲はギターよりもピアノを使ってすることの方が多い。鍵盤楽器が私にとっては一番 体になじんでいるのだ。なのでSighにとってはシンセサイザーやピアノという楽器は、デモの時代から 重要な役割を果たしてきた。決して「エクストリームメタルにシンセサイザー、どうです、斬新でしょう?」 なんていうつもりがあったわけではまったくない。私にとってピアノが一番うまく弾ける楽器であったから 使い続けてきた、ただそれだけのことである。しかし"Imaginary Sonicscape"におけるシンセサイザーの 使用法は、以前のSighのアルバムおけるそれとは決定的に異なっている。それまではシンセサイザーという のは私の中ではあくまで「生楽器の代替品」という位置づけであった。ストリングスであれブラスであれ クワイヤーであれ、予算的、もしくはその他の理由により本物を使うことができない場合の代替品。それが Sighにおけるシンセサイザーの存在意義であった。しかし"Imaginary Sonicscape"は違った。シンセサイザー/ キーボードをそれ自体として使用すること。MinimoogはあくまでMinimoogであり、Minimoogとして使用する。 そしてキーボーディスト・ピアニストとしての自分のアイデンティティを全面に押し出すこと。私は20年 以上クラシックピアノの訓練を受け、人生の岐路において、クラシックのピアニストになるという選択肢も あった。(ただ、その時期は一番スラッシュメタルに入れ込んでいた時期だったので、クラシック音楽などと いうヤワな音楽に一生を捧げるつもりには毛頭なれなかったのだが。)なので、クラシックピアノよりも はるかに軽いシンセサイザー/キーボードの鍵盤で速弾きをするなど造作もないこと。(フェンダーローズは 別ですけど。)それをこのアルバムで初めて試すことにした。"Impromptu"など、ピアノの腕を披露するため だけに作られたような曲である。そしてこれも「ブラックメタルからの脱却」の一環でもあった。シンセサイザー でストリングスの音色を選び、ただ白玉で基本のコードを鳴らすだけ。それだけでシンフォニックだのドラマチック だの騒ぎ立てる風潮にもウンザリだったのだ。まあとにかく私も若かったのだとしか言いようがない。明らかに 色々と思い上がっていた。どうでも良いことに目くじらをたて怒りをまき散らした。良く言えばそれだけ音楽に 対して真剣だったのかもしれないが。  そしてもう一つ音楽的な面で触れなくてはいけないのが実験音楽。マイケル・ナイマンの厳密な定義に従えば 安易に実験音楽という言葉を使うのは適切ではないかもしれないが、ここでは便宜上20世紀以降のクラシック、 フリージャズ、フランク・ザッパなどの実験的なロック等をとりあえず実験音楽と呼んでおく。初めての出会い はバルトーク。小学生のときに弾いたミクロコスモスだ。子供にとっては退屈以外の何物でもない予定調和に 満ちたクラシックの楽曲。そこに突如現れたミクロコスモス。あの衝撃は30年たった今でも忘れない。真剣に 現代音楽や実験音楽と向き合うようになったのはSighを始めてから。恐ろしい曲を書くにはどうすれば良いか。 さまざまな作曲法に関する本を読み漁っても、「怖い曲を書くには」というチャプターは見当たらない。(当たり前だ。) そんなときにふと気づいたのがホラー映画のサウンドトラック。有名なエクソシストをはじめ、シャイニングなど、 いわゆる現代音楽と呼ばれるクラシックの楽曲を使用しているホラー映画がいくつもあった。これだ!と思い立ち すぐに現代音楽に関する理論書を買い漁り勉強を始めるも、さっぱり理解ができない。現代音楽の理論というのは、 詰まるところ伝統的な作曲法へのアンチテーゼである。つまり伝統的なクラシックの作曲法を理解していなければ、 そのアンチテーゼだけを読んでも理解できるはずがないのである。「ほうら、フランスの印象派はこんなに並行五度 を連発しちゃってますよ!」なんて解説されても、並行五度だけでできているようなトニー・アイオミのリフを当然の ように何の疑問もなく聞いている我々にとって、一体それの何か革新的なのかすらわかりようもない。ということで、 結局一から和声法、対位法の勉強をすることになったのだが、もちろんそれがその後のSighのキャリアに大きな 助けとなったことは言うまでもない。  どこの国にも、どの時代にも属さない1時間の音楽的トリップ。それが"Imaginary Sonicscape"のコンセプト だった。メタルを基調としつつもクラシック、ジャズ、ダブ、テクノ、トリップホップ、インド、アラブまで何でも有り。 何故インド?何故ダブ?理由なんて何もない。敢えて言えばCANが掲げていたEthnic Forgery=エセ民族音楽の コンセプトに近いかもしれない。"Imaginary Sonicscape"というのはジョン・ケージの作品、"Imaginary Landscape" からヒントを得ている。Imaginary Landscapeが架空の風景という意味であるのに対し、Imaginary Sonicscapeは 架空の音景。架空の風景というのは当然存在する。実際にありえないような状況は絵に描けば、それは例え絵として は存在していても、実際の風景としてはやはり存在しえない、架空のものである。それに対し架空の音というのは存在しない。 音とというのはどんな形であれ、それが誕生させられた時点で架空ではないし、理屈上どんな音でも作り出すこと は可能だろう。そんな訳のわかるようなわからないような、屁理屈でつけたタイトルである。アートワークは現在は SUNN 0)))の活動で有名となったSteven O'Malleyによるものだ。また"Nietschean Conspiracy"の歌詞は、元 エンペラーのドラムBaard Eithunによるもので、当時彼はまだ服役中、刑務所の中から書いた歌詞を送ってもらった。 前述の通り、発売当時のリアクションは賛否両論真っ二つだった。Sighにブラックメタルを求めていた人たちに とっては、音、イメージを含めてまったく受け入れられるものではなかっただろう。一方で、こんな音楽は聞いた ことがないということでの賞賛もあった。そして現在ではこのアルバムの評価というのは、後者の方が優勢という ことで落ち着いているようだ。本作をSighの最高傑作とし、その後Sighはこれを超えられていないという意見も しばしば目にする。このアルバムを制作しているとき、ミックスが済み、リリースを待っている時、一体この 作品がどのような評価を得るであろうと予想していたのか。いくら考えても思い出すことができない。これは凄い 作品だと絶賛されると期待していたか、こんな作品まともに聞ける人間いないだろうと斜に構えていたか。それ すら思い出せない。97年の"Hail Horror Hail"を出したときは、明らかに後者だった。「こんなものブラックメタル でも何でもない!」と酷評の嵐になることをむしろ期待していた。ところが意外にも、あのアルバムは特にマスコミ に好意的に受け止められ、著名な音楽雑誌で年間アルバムベスト10に選出されまでした。しかし何故か、 "Imaginary Soniscape"については、どんな期待、もしくは反発を予想していたのか、すっぽりと記憶が抜け落ちて いる。 本作品は、藤並聡(Dr)、石川慎一(Gu)、そして私(Vo,Ba,Key)という3人だけで作成された最後のアルバムである。 次作からは原島淳一がドラムとして加入、藤並がベースにシフト。そして今年2012年に"In Somniphobia"という アルバムを出すまでの10年以上、Sighは"Imaginary Sonicscape"のような、いわゆる「実験的」と呼ばれる作品 を作らなかった。それほどこの作品にはやり切った感が強かったし、同系列これに匹敵、もしくはこれを超える作品 を作れるという自信を得るのに10年以上要したということである。もちろん今聞けば直したいところはたくさんある。 "Bring Back the Dead"などは今でもライブのレパートリーにしているが、これ、1.5倍速くらいで録っておけば 良かったなあと後悔することもしばしば。実際ライブではアルバムの倍速くらいでプレイしている。とはいいつつも このアルバム、Sighの名前を飛躍的に広めてくれた、そしてSighというバンドのイメージを決定づけた、とても愛着 の深い作品である。


In Somniphobia
「Somniphobia」というのは、あまり聞きなれない単語だと思うが、「睡眠恐怖症」という意味 である。眠るのが怖い、というと私くらいの世代の人たちは、「エルム街の悪夢」という映画を 思い出すかもしれない。夢の中の出来事のはずが、いつのまにか現実になっている。夢と現実の 交錯、混乱。あるいは生の世界とあの世の混在。私は映画にしろ小説にしろ、これを題材にした 作品が大好きだ。  例えば筒井康隆の「遠い座敷」や「エロチック街道」、「夢の木坂分岐点」など。明らかに現実 の世界ではないものの、かと言ってまったくの非現実を描いたものでもない。理由もなくノスタル ジックで、何故かわからないがそこはかとなく怖い。おそらく「これ、まったく意味がわからない んですけど?」という感想を持つ人も少なくないだろう。しかし私にはこれらや、「家」などの筒井 作品を読むと、胸が詰まるような懐かしさ、そして既視感すら感じるのである。  映画で言えばやはり「ジェイコブス・ラダー」だ。ネタバレになるといけないので多くは語らない が、もしSighの持つ世界に興味を持たれたならば、一度は見てみて欲しい。他には「恐怖の足跡」 や「ゾンゲリア」、メジャーどころになるけど「アザーズ」や「シックスセンス」など。映画に詳しい 人間なら、すぐに「あー、あのパターンね」と見抜くとは思うが。  私は子供の頃からやたらと明晰夢=Lucid Dreamを見る。すなわち夢の中で「あれ、これ夢だな」 と気づくパターンだ。多くの人は明晰夢を見た経験があると思うが、私はどうやら人よりもその 頻度が高いようである。やたらと日常的な夢を見る。そしてあれ、これ夢だなと気づく。そんなこと を繰り返しているせいで、果たして現実だったのか、それともただの夢だったのか、区別のつかない 記憶が大量にある。この間はついに、夢の中でトイレに行き、用を足そうとする瞬間に夢であること に気づき、夢の中で用を足しても何の意味もないなとトイレを出る境地にまで達した。そして私はまた 悪夢を見ることが非常に多い。それもやたらと飛行機がらみのもの。空を見上げていると近くに飛行機が墜落 する。自分の乗っている飛行機が墜落する。空襲にあう、などなど。それもどれも異常なまでに リアルなのである。飛行機が墜落する現場を見たこともないし、もちろん自分が乗っている飛行機が 落ちたこともない。親類が飛行機事故にあったこともない。なぜそんな夢を何十年も見続けるのか、 皆目見当がつかないのだ。子供のころは、わけもなく飛んでいるものが怖く、飛行船などはその最たるもの だった。もしかすると前世は第二次大戦中に空襲で死んだのではないか。それとも逆に、いつの日か 飛行機事故で命を落とすのではないか。ふとそんなことを考えることがある。生まれ変わりも予言なんていう ものも、まったく信じていないけれど。 私が子供だった頃、すなわち1970年代にはまだ多くのファンタジーが残っていた。ファンタジー というのは、現実のものではない。しかしまったくの想像でもない。何だかわからないが、その中間、 現実でも完全なる空想でもない何かである。ファラオの呪い。イエティ。ネッシー。UFO。宇宙人。 妖精。色々な話をわくわくしながら読んだものだ。国籍不明の覆面プロレスラー。今考えたらとんでもない ギミックだ。国籍不明でどうやって入国するのだ。そもそもどうやって連絡をとったんだ。だいたい 戦うのに覆面かぶるってどういうことだ。でも当時はそんなことどうでも良かった。それがファンタジー であり、ロマンであったのだから。  人間には未知のものを畏怖する傾向がある。だから死が怖い。少なくとも1970年代までは、まだまだ 未知のものがたくさんあった。ファラオの呪いもイエティも、国籍不明のプロレスラーもすべて根っこは 一緒。何だか得体の知れない地が、いまだこの地球上に存在する。そんな未知の場所への漠然とした 恐怖。21世紀の今では差別と糾弾されかねない。しかし自分たちとは異なる文化を持つ世界、存在がはっき りとは確認できないような世界に対する恐怖は、古くから小説や映画の題材にされてきた。まだ飛行機 が存在せず、海外への旅行と言えば何か月にもわたる船での大航海。その途中で出会う怪異。インドや アラブと言った、欧米とは異なる文化への畏怖。E.A.ポーやH.P.ラブクラフトがしょっちゅう取り入れて いた題材だ。ラブクラフトに至っては「Mad Arab」というキャラクターまで登場させている。映画 「エクソシスト」はイラクの発掘シーンから始まる。そして極めつけは「食人族」。1980年代にもなっても、 世の中には人食い人種がいまだ存在し、あのフィルムはそのドキュメントであると信じられていたのだ。 (正直私は当時信じてましたし。)  21世紀となった今では多くのファンタジーが失われた。ファラオの呪いは話時代がでっち上げだったとか。 イエティにはデジタル解析で背中にチャックが見つかったとか。ネッシーは写真を撮った本人が嘘を認めた とか。妖精の写真に至っては、ただの写真の切り抜きだったとか。今では国政不明のプロレスラーを信じる 子供もいない。In Somniphobiaは、これらの失われてしまったファンタジー、すなわち現実と空想の、夢と現実の、 生と死の中間、そして私自身の悪夢を音楽で表した作品である。音楽的には何でもあり。へヴィ メタル、スラッシュメタルからフリージャズ、クラシック、現代音楽、インド伝統音楽からアフリカ、 トルコまで何でもアリ。いくつか具体的なアーティスト名をあげればCeltic Frost, Venom, Iron Maiden, Black Sabbath, Mercyful Fate, Death SS, Sun Ra, John Zorn, Mr. Bungle, Albert Ayler, Stockhausen, Xenakis, Messiaen, Zakir Hussain, Miles Davis, Thelonius Monkなどなど。こういうアプローチは、 実はSighとしては久しぶり、2001年の"Imaginary Sonicscape"以来約10年ぶりである。ここ何作かは、 むしろ素材を限定していた。例えば2007年の"Hangman's Hymn"ではドイツのクラシック(交響曲)と 80年代の過剰に早いスラッシュメタルのみ、という足かせをはめてアルバムを作った。これは結局どのよう な世界観のアルバムを作りたいかにすべてがかかっている。"Hangman's Hymn"の世界を表現するには、 それ以外の音楽要素は必要なかったのだ。しかし、上で語ったようなファンタジーを表現しようとした今回 は、より多くの素材が必要だった。特に未知なる世界に対する恐怖を表現するには、エスニックな音楽的 要素、楽器は必要不可欠。なのでシタールからタブラ、タンピューラ、サーランギ、フィリピンの笛、 口琴、大正琴など、ありとあらゆるいわゆる民族楽器を使用した。重ねて言うが、色々な楽器を使うこと、 色々な音楽様式を融合させることが目的だったのではない。それはあくまで手段であり結果にすぎない。 ついでに言うが、様々な音楽様式を脈絡もなく並べる方法は、何一つ新しいものではなく、むしろ使い古された 手段、クリシェである。クラシックの世界ではロシアのシュニトケが、ジャズではジョン・ゾーンが、ロック ではMr. Bungleがすでに何十年も前に試し、とっくに手垢まみれになっている手法でしかない。Sighの作品 はアヴァンギャルドと称されることも少なくないが、とんでもない。アヴァンギャルドとは前衛という意味 のフランス語、つまり最先端にいる者ということだ。我々のやっていることは最先端とは程遠い、むしろ ロックの伝統に乗っ取った保守的なものである。  ところで"Imaginary Sonicscape"を2001年にリリースした後の10年間、我々は同じようなアプローチ のアルバム作らなかった。理由は簡単、"Imaginary Sonicscape Part2"を作ったところでせいぜいセルフパロディ、 劣化版Imaginary Sonicscapeにしかならないと思ったからだ。しかしあれから10年。自分たちの作曲技術も十分向上した。 そして何よりも3人編成だったあのときとは違い、Dr. Mikannibalというサクソフォンプレイヤー、そして原島淳一という 新たなドラマーがいる。心強いメンバーが2人も増えているのだ。最早近い路線をとってもセルフパロディに などなりようもないと確信した。それに何よりもアルバムの世界観は"Imaginary Sonicscape"とは似ても 似つかない。もちろん表層的な共通点はいくらでも見出せるが、"In Somniphobia"は根本的にはまったく別の世界 を表現した、まったく別の、そしてまったく新しいアルバムである。  アルバムの構成としては、3曲目〜9曲目が"Lucid Nightmares"というパートに属し、主に上に解説した 悪夢的世界観を担っている。ただしアルバム全体としても、1曲目はわりとストレートな、正常な世界から スタートし、2曲目、3曲目、とだんだんと悪夢の世界へとはまり込んでいく構成をとっている。そして "Far Beneath the In-Between"でもっとも深い闇に達し、そこからは少しずつ現実に戻ってくる作業だ。 アルバムの最初の2曲及び最後の2曲が聴きやすいのは、それらが現実に属した世界の楽曲だからである。  このアルバムについてはできればヘッドフォンを使用して聞いてもらいたい。それもできればわりと質 の良いもので。そうでないと、例えば"Amongst The Phantoms Of Abandoned Tumbrils"のラストで、頭上 に大量のガラスが降り注ぐ疑似体験などを感じるのが難しい。もちろんアルバムの楽しみからは人それぞれ。 それをわかった上で敢えて言うが、このアルバムは一人で夜中にヘッドフォンで聞いてほしい。






























PROVEN




FUNNY SWEET